「あのとき、なんであんなこと言っちゃったんだろう」ーきっとそれは、ディッピングポイント

心が軽くなる考え方
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ある小さな出来事がきっかけで、友人や恋人と疎遠になってしまったことはないですか?

「あのとき、なんであんなこと言っちゃったんだろう。あのことさえなければ、今も関係が続いていたかもしれないのに」
と、その出来事を後悔したこともあるかもしれません。

でも、きっと、その出来事は、ディッピングポイント。

ディッピングポイントとは、 それまで小さく変化していたある物事が、突然急激に変化する時点を意味する言葉。

コップの水が、表面張力であふれない状態になっているところに、最後の一滴をたらすと、一気に水があふれだす。
そんな状態です。

ふたりの関係がはなれてしまったのは、ある出来事がきっかけのように見えるかもしれません。
でも、ただ気づいていなかっただけで、すでにその関係は、終わりに向かって、少しずつ少しずつ近づいていたのです。

わたしの友人関係や仕事上の人間関係にも、いくつかのディッピングポイントがありました。

「あの人とは、あの出来事以来、よそよそしくなってしまったなぁ」
と思い出せる出来事は、たしかにあります。

でも、思い起こせば、その前から、「終わりの始まり」は、うすうす感じていました。
いっしょにいるのに、うまく言葉では言い表せない「壁」がある感じ。


その壁をなんとかしようと、あれこれやってみたこともありましたが、結局どうにもなりませんでした。
むしろ、ディッピングポイントに向かって近づいていきました。


そして、「最後の一滴」がたらされるのです。


でも、ディッピングポイントをすぎた後も、相手に執着しつづけたこともありましたねぇ(遠い目)。

相手に対して
「また、いっしょに仕事したいです」
と懇願して、
「いえ、もう疲れました」
と言われてしまったり。

逆に、別の相手から、
「ぜひまたお願いします。お願いできるのはあなただけです」
と言われて、情にほだされて依頼を受けてしまったり。


でも、 覆水盆に返らず。
こぼれた水は、再びコップにもどることはありませんでした。

「やはり、すでに、終わっていたのだな」
と、再確認しただけでした。


でも、物理の公式のようにスッキリと割り切れないのが人間というもの。

めいっぱい悩んで泣いたらいいんです。

そして、スッキリしたら、楽しかった思い出に乾杯して、ぐっと飲み干しましょう。
そうしたら、きっと、新たな出会いがやってくるのです。









 

きひる

フリーランス翻訳家、ライター。
50歳を目前に、
「さて、これからどう生きたら?」
と、人生をなんだかんだ模索中です。

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