仏教っておもしろい❗

先日の午後、
わたしの住む南足柄市にある
善福寺(ぜんぷくじ)で
毎月一回開かれている
「法話会」というものに
初めて行ってきました。

「法話(ほうわ)」って何でしょう?

「仏教において使われる言葉であり
僧侶や住職が
聴衆の前で話をすることを意味する」
(By ウィキペディア)

最近のわたしのマイブームは、
「仏教」。

先日、萩本欽一さんの
「運がよくなる仏教の教え」を読んでから
急に仏教に興味がわいてきたのです。

はずかしながら、
わたしはこれまで、
「仏教」について
ほとんど興味はありませんでした。

お坊さんと言えば、
お葬式や法事でお経を読む人、
くらいの認識しか
なかったんです(^^;)

お経も、
呪文のようで
何を言っているのかわからなかったし。

物語などで
「悪いことをすると地獄におちる」
と思い込んだわたしは、
仏教というのは、
まじめに生きていないと
罰せられるようなイメージを
勝手に持っていたのです。

でも、
前述の欽ちゃんの本には、

「仏教というのは、
本来は、
生きている人を幸せにするためのもの」
ということが書いてありました。

そして、
聖人君子のイメージがあったお釈迦様が
意外と人間くさかったということも。

「もっと仏教のことを知りたいな」
と思ったわたしは、
市内にあるお寺の
法話会に行ってみることにしたのです。

でも、実は、
その日の午前中、
わたしの気分はサイアクでした。

次男(小4)の
不要になったおもちゃ
(ウルトラマン人形たち)を
処分しようと片付けていたのですが
その量がかなり多い。

「あんなに欲しがっていたくせに
こんなにすぐに飽きるなんて!」
と、
子どもに対するイライラがわいてきて、

「だいたい、パパは、
すぐに買ってあげすぎだ」
と、今度は夫に対してイライラ。

ちょうどそこへ
次男が外からかけこんできて、

「ねぇ、友達のお母さんが
車でトイザらスに連れてってくれるって。
一緒に行っていい?
こないだ、
おばあちゃんからもらったお小遣いで
ベイブレード買いたい」
と、うれしそうに言いました。

その笑顔に対して、
「もう、
すぐにゴミになるようなもの
買わないでよ!」
と、イヤミをぶつけるわたし。

次男の笑顔はみるみる曇り、
「わかったよッ!」
と、ムッとした顔で
家を出ていきました。

夫も、不穏な空気を察知して
娘をつれて昼食のパンを買いに外出。

あぁ、やっちまった・・・

残りのおもちゃを片付けながら
わたしは、どんどん悲壮感が高まり、

「あーもう、イヤだ。
こんな自分、もう、イヤだー」
と、オンオン泣いてしまいました。

こんなささくれた気持ちを抱えて
法話会に行くのは
やめようと思いました。

でも、行かなかったら、
もっとひどい心の状態になるのは
容易に予想できました。

というわけで、
なんとか自分で自分の背中をおして
法話会に出かけていったのです。

これが、ほんと、行ってよかった・・・(しみじみ)

おそるおそるお寺の本堂に入ると
数人の方がイスに座っています。

住職さんの奥様が
お茶とお茶菓子(←山盛り)を持ってみえたので、

「あの、初めてなんですけど・・・」
と声をかけると、
「どうぞどうぞ」
と、笑顔で迎えてくださいました。

そして登場する住職さん。

おだやかな笑顔に、
緊張がほっとゆるみました。

最初は
「正信偈(しょうしんげ)」というお経を
みんなで唱えました。

「帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい)

南無不可思議光(なもふかしぎこう)・・・」

と、読み仮名のふられた漢文を
住職さんの声に合わせてみんなで読みます。
(初参加の人はお経の本をもらえます)

意味もわからず
声を出しているのですが
これがなんとも気持ちいい。

ささくれていた心が
だんだん穏やかになっていくのが感じられました。

この「おつとめ」の後は
住職さんの法話です。

今月のテーマは
「大晦日についてのお話」でした。

「除夜の鐘は、煩悩を消すというより、
『自分には、こんな煩悩があるんだなぁ』
と、自分の煩悩に気づくためにあるのです」

とか、

「年賀状の欠礼は、
『1年間は喪に服す』
という意味がこめられています。

でも、あれは、仏教ではなく
儒教に由来しているんです。

仏教では、喪に服す期間は
本来、49日で終わりですからね」

「おせち料理は、
本来は、神様へのお供え物。
だから、実は、
自分で作らないと意味がないんです」

といった年末年始のお話に、
「へー!」の連続。

その後は、
「こころ」についてのお話が続きました。

「怒りの心の根源には、
おそれがあります。

相手をおそれているから
先に攻撃されないように、怒っているんです」

「こうありたい、こうあるべきだ、
という姿はだれもが持っています。

その姿を守るために
自分にウソをついているんです。

ウソをつききれないと
他人を批判するようになります」

という住職さんの言葉に、

「うぅ、まるで今日の午前の
わたしみたい・・・」
と、深くうなだれました。

でも、
さらに続く住職さんの言葉に
元気が出てきました。

「人の人格は、そうそうなおりません。
あきらめたら、いいんです。

でも、『あきらめる』って
匙を投げるという意味のように
とられていますが
そうではないですよ。

あきらめるとは
真理を知るということです。

ああだこうだ言わず
そのままにしとけばいいのです」

「わたしたちは
問題をはらんで
この世を去ります。

この世で解決できなかった問題は
次のステージで解決すればいいのです。

不十分で十分なんです。

未熟なまま進んで、それでよし」

「内省の心を持てることが第一歩です。
立派にならなくていいんです。

立派になっちゃうと、
その立派な姿を
維持しなくてはいけなくなるから
またタイヘンになります」

名言の数々に、
深くうなずきっぱなし。

自然と手を合わせたくなりました。

そうそう、
「合掌」というのは
バラバラになりがちな自分の心を
ひとつにしてくれるんだそうです。

家に帰るときには、
お寺に来たときの
ささくれだった心がウソのように
落ち着いていました。

「不十分で十分」
という言葉のおかげで
今のままの自分を許そう、と思えました。

そして、帰宅後、次男に、
「朝は、
怒りすぎちゃってごめんね」
と、あやまりました。

すると次男は
「うん・・・」
と、わたしのハグを
受け入れてくれました。

今は飽きちゃった
あのおもちゃたちも、
夢中で遊んでいたときがあったんだよね。

パパも、
あなたのことが大好きだから
あんなに買ってくれたんだよね。

自然と、
そう思えることができました。

わたしたちは、
お互いに、不十分。

その不十分さを、
許し許されて、
生きているのですね。

初めての法話会は、
心がほっとゆるむ、
優しい時間になりました。

そして、知っているようで
ほとんど何も知らなかった「仏教」
もっと学んでみたくなりました。

(やっぱりわたしは、
陰陽五行とか易経とか、
東洋思想に惹かれるみたいです(#^.^#))

住職さんに
お礼のメールを差し上げたら
お返事をくださいました。

「私たちは幼少の頃から
「頑張れ」という掛け声で
生きたきたわけですが、
別に頑張れなくても
問題ないという点に最近気づきました。

子供には頑張ることの
大切さを教えることが重要ですが、
それが全てではないということも
教えていきたいものです」

この言葉に、また、じーん・・・(T_T)

がんばれなくても問題ない。

心のノートに書いておきます。

善福寺の住職さんは、43歳という若さ。

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